1.8 採血のタイミング

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1.8 採血のタイミング
血液中尿素窒素濃度(BUN)は、透析終了(尿毒症物質の除去停止)後、約 30 分間上昇し続ける。この透析終了後の BUN の上昇を BUN のリバウンドと呼ぶ。この項では、Kt/V などの透析量を算出する際、このリバウンド過程のどの時点で測定した BUN を用いるべきか検討する。
 
1. BUNのリバウンドの機序
ダイアライザで浄化された血液の一部が、静脈針から動脈針に流れ、再び動脈針を経てダイアライザに流入している患者、すなわち体外循環している血液の一部がダイアライザとシャント血管の間で再循環している患者では、約 30 分間続く BUN のリバウンドの最初の1分間の上昇は、主にシャント血管とダイアライザ間の血液の再循環と血液の心肺再循環に関連して生じている。そして、その後の BUN の上昇は、尿素が除去されにくいために尿素窒素濃度が他よりも高い生体内区域の尿素濃度と、尿素が除去されやすいためこれが他よりも低い区域の尿素濃度が均一になる過程である。なお、血管内(血液)は尿素の除去されやすい区域に属する。
a. シャント血管とダイアライザ間の再循環
シャント血管とダイアライザ間に血液の再循環があると、通常の採血ポイント(血液ポンプの上流)から採血した血液サンプルは吻合部からシャント血管に流入した血液にダイアライザで浄化された血液の一部が混入したものとなる。したがって、このような血液サンプル中の尿素窒素濃度は吻合部からシャント血管に流入した血液中の尿素窒素濃度よりも低くなる。今、透析液の流れを止めるなどしてダイアライザにおける尿素の除去を停止すると血液ポンプの上流の採血ポイントを通過する血液中の尿素窒素濃度は徐々に吻合部からシャント血管に流入した血液中の尿素窒素濃度に近づいていく。すなわち、BUN のリバウンドが生じる。
b. 心肺再循環
心肺とダイアライザ間には必然的に 5% 程度の血液の再循環が生じている。すなわち、すでにダイアライザで浄化された血液のうちの 5% 程度が心肺を循環して再び体外循環する。したがって、透析終了と同時に通常の採血ポイント(血液ポンプの上流)から採血した血液サンプルには、すでにダイアライザで浄化された血液が 5% 程度混入している。これは、透析終了と同時に通常の採血ポイントから採血した血液サンプル中の BUN は 5% 程度低く評価されていることを示している。今、透析液の流れを止めるなどしてダイアライザにおける尿素の除去を停止すると、シャント血流へのダイアライザで浄化された血液の混入がなくなり、血液ポンプの上流の採血ポイントを流れる血液中の尿素窒素濃度はしだいに 5% 程度上昇していく。すなわち、心肺再循環の停止に伴う BUN のリバウンドが生じる。
なお、この機序による BUN のリバウンドは、シャント血管とダイアライザ間における血液の再循環の有無にかかわらず、すべての患者で生じる。
c. 生体内の不均一な尿素濃度が均一になる過程
生体内には尿素が除去されにくいため透析中は尿素窒素濃度が他よりも高くなる区域と、尿素が除去されやすいためこれが他よりも低くなる区域がある。尿素が除去されにくい生体内の区域とは水分含有量が多いにもかかわらず血流の悪い臓器、例えば筋肉や皮膚であり、尿素が除去されやすい区域とは水分含有量が少なく血流は多い臓器、例えば肝臓や腸などの消化器系臓器であると考えられている。(局所血流モデル[1])
そして、透析終了後(ダイアライザでの尿素除去の停止後)に、尿素が除去されにくいため尿素窒素濃度が他よりも高い生体内区域の尿素濃度と、尿素が除去されやすいためこれが他よりも低い区域の尿素濃度とが均一になっていく過程が、シャント血管とダイアライザ間の再循環の停止にともなうリバウンドおよび心肺再循環の停止にともなうリバウンドに続く三番目のリバウンドの本体である。
 
 
2. 採血のタイミング
シャント血管とダイアライザ間で血液が再循環している患者では、透析後、BUN のリバウンドが終了してから採血を行おうとすると、まずダイアライザにおける尿素の除去を停止しなければならない。しかし、そのために血液ポンプを止めると、まもなくダイアライザ内やチャンバー内で血液の凝固が始まる。これを避けてダイアライザにおける尿素の除去を停止させるためには血流量をゼロにするのではなく 50 ml/分程度に低下させて低速で血液を流し続けるようにする。血流量を 50 ml/分まで低下させると尿素の除去は実質的にゼロになる。この状態で1分間待って採血を行えば、シャント血管とダイアライザ間の血液の再循環の停止および心肺再循環の停止にともなう BUN リバウンドが終了した後の血液サンプルが得られる。
しかし、日本の透析施設の現状では、血流量を 50 ml/分程度に低下させた後、1分間待って採血を行うことは円滑な業務の推進にとって障害になるかもしれない。これを解決するため、川崎医科大学附属病院の小野らは、血液ポンプの回転を 50 ml/分程度に低下させた後、30秒が経過したところで採血を行い、この 30秒の待ち時間には手袋を着用するなど、他の業務を行っている。
シャント血管とダイアライザ間の再循環の停止にともなう BUN のリバウンドが終了するのには約30秒を要するのに対し、心肺再循環の停止にともなう BUN のリバウンドが終了するのには約1分を要する。したがって、小野らのタイミングで採血を行うと、シャント血管とダイアライザ間の再循環の影響は消失しているが、心肺再循環の停止にともなうリバウンドについてはその最中に血液サンプルを採取していることになる。しかし、シャント血管とダイアライザ間の再循環は患者ごとにその程度が大きく異なり、また患者によってはその程度が極めて大きいのに対して、心肺再循環は患者ごとにその程度のバラツキが少なく、またその程度も 5% 程度と小さい。これは、血液ポンプの回転を 50 ml/分程度に低下させた後、30秒が経過したところで採血を行っても実質的に問題はないことを示唆している。
一方、日本透析医学会の「慢性血液透析用バスキュラーアクセスの作製および修復に関するガイドライン」では、シャント血管とダイアライザ間の再循環率を測定する際、血液透析開始 30分後に血流量を120 ml/分程度に低下させた後、10秒間待って採血を行うことを推奨している。これに従うなら、透析終了時に採血を行う際にも、血流量を120 ml/分程度に低下させ、その10秒後に採血をすればよいことになる。これは、かなり現実的な方法とであると思われる。
なお、シャント血管とダイアライザ間に血液の再循環がない患者では、このような操作を行わず、血液ポンプが通常の速度で駆動している状態で採血を行っても差し支えない。血液の再循環が否定できない患者でのみ、透析終了時の採血の際に上記の操作を行えばよい。
 
 
 
文献
1. Schuneditz D, et al: A regional blood circulation alternative to in-series two compartment urea kinetic modeling. Trans Am Soc Artif Intern Organs 39: M573, 1993.