2.10 ヘモグロビン濃度の周期的変動(Hemoglobin variability)
1.ヘモグロビン濃度の周期的変動の定義
Fishbaneらは、赤血球造血刺激因子製剤(ESA)の投与を受けている慢性腎臓病(CKD)患者では、ヘモグロビン濃度が周期的に、非生理的に上昇と下降を繰り返すことを指摘した[1]。彼らはヘモグロビン濃度が変動すると、これに伴って諸臓器への酸素供給量も変動し、その結果、周期的に組織の虚血とこれに対する代償反応が繰り返されると述べている。そして、このような現象は患者の予後に何らかの悪影響を及ぼす可能性があるとしている。
2.ヘモグロビン濃度の変動の評価法
ヘモグロビン濃度の周期的変動を評価する方法が多数報告されている。
a.ヘモグロビンサイクル(hemoglobin cycle あるいは hemoglobin cycling)
ヘモグロビン濃度が任意の値から上昇し、やがて変化の方向を下降に転じて頂点を形成し、その後、底点を形成して再び上昇に転じ、ついに観察開始時のヘモグロビン濃度に戻る場合、あるいは任意の値から下降し、やがて変化の方向を上昇に転じて底点を形成し、その後、頂点を形成して再び下降に転じ、ついに観察開始時のヘモグロビン濃度に戻る場合、Fishbane らは[1]、このようなヘモグロビン濃度の変動の軌跡をヘモグロビンサイクルと呼んだ(図)。さらに、彼らは、底点から上昇して頂点に達するまでの軌跡を up excursion、頂点から低下して底点に達するまでの軌跡を down excursion と定義した。そこで、up excursion や down excursion は 1回の hemoglobin cycle の半分に相当することになる。
Fishbaneらは、変動の期間(持続期間)が4週間以上であり、その振幅(ampulitude)、つまり頂点と底点とのヘモグロビン濃度差が 1.5g/dL 以上である場合を有意な excursion と定義した。彼らによると、彼らの患者の 90% 以上に、有意な excursion が認められ、彼らの患者における1年あたりのexcursionの回数は平均 3.1回、振幅は平均 2.51 g/dL、持続期間は 10.3 週、そしてヘモグロビン濃度変化の速度は 0.24 g/dL/ 週 であった。
excursion を評価する場合には、ヘモグロビン濃度が全体としてどのレベルで変動しているのか明らかにするために excursion 開始時のヘモグロビン濃度や excursion 期間内の平均ヘモグロビン濃度を表示する必要がある。
ヘモグロビン濃度が任意の値から上昇し、やがて変化の方向を下降に転じて頂点を形成し、その後、底点を形成して再び上昇に転じ、ついに観察開始時のヘモグロビン濃度に戻る場合、あるいは任意の値から下降し、やがて変化の方向を上昇に転じて底点を形成し、その後、頂点を形成して再び下降に転じ、ついに観察開始時のヘモグロビン濃度に戻る場合、Fishbane らは[1]、このようなヘモグロビン濃度の変動の軌跡をヘモグロビンサイクルと呼んだ(図)。さらに、彼らは、底点から上昇して頂点に達するまでの軌跡を up excursion、頂点から低下して底点に達するまでの軌跡を down excursion と定義した。そこで、up excursion や down excursion は 1回の hemoglobin cycle の半分に相当することになる。
Fishbaneらは、変動の期間(持続期間)が4週間以上であり、その振幅(ampulitude)、つまり頂点と底点とのヘモグロビン濃度差が 1.5g/dL 以上である場合を有意な excursion と定義した。彼らによると、彼らの患者の 90% 以上に、有意な excursion が認められ、彼らの患者における1年あたりのexcursionの回数は平均 3.1回、振幅は平均 2.51 g/dL、持続期間は 10.3 週、そしてヘモグロビン濃度変化の速度は 0.24 g/dL/ 週 であった。
excursion を評価する場合には、ヘモグロビン濃度が全体としてどのレベルで変動しているのか明らかにするために excursion 開始時のヘモグロビン濃度や excursion 期間内の平均ヘモグロビン濃度を表示する必要がある。
b.標準偏差(standard deviation: SD)
ヘモグロビン濃度の周期的変動を評価するための指標として標準偏差を用いたという報告がある[2,3]。つまり、通常のデータ値表示形式である「平均値±SD」の SD そのものを用いるものである。
この場合の標準偏差は、一定期間内に測定されたヘモグロビン濃度が、これらのヘモグロビン濃度の平均値を挟んでどの程度バラついているのかを示す指標であると考えることができる。そして標準偏差は、平均ヘモグロビン濃度と各ヘモグロビン濃度との差を 2 乗した値をすべて加え合わせ、次にこの算出値をヘモグロビン濃度の個数で割り、その結果得られた値の平方根として求められる。
ヘモグロビン濃度の周期的変動を評価するための指標として標準偏差を用いたという報告がある[2,3]。つまり、通常のデータ値表示形式である「平均値±SD」の SD そのものを用いるものである。
この場合の標準偏差は、一定期間内に測定されたヘモグロビン濃度が、これらのヘモグロビン濃度の平均値を挟んでどの程度バラついているのかを示す指標であると考えることができる。そして標準偏差は、平均ヘモグロビン濃度と各ヘモグロビン濃度との差を 2 乗した値をすべて加え合わせ、次にこの算出値をヘモグロビン濃度の個数で割り、その結果得られた値の平方根として求められる。
c.残差標準偏差(residual standard deviation: residual SD)
残差標準偏差は、患者ごとに次の方法で求める[4,5]。まず観察期間を横軸(X軸)に、ヘモグロビン濃度を縦軸(Y軸)にとり、両者の回帰直線を求める。次に、それぞれのヘモグロビン濃度と回帰直線との Y 軸方向の距離をそれぞれ 2 乗し、それぞれの値をすべて加え合わせる。さらに、この合算値をヘモグロビン濃度の個数で割り、最後にこの値の平方根を求める。
残差標準偏差は、その算出法から明らかなように、ヘモグロビン濃度が上昇あるいは低下している場合のヘモグロビン濃度変化の滑らかさの程度を示す指標である。残差標準偏差が小さいほど濃度変化は滑らかであり、残差標準偏差が大きければ濃度はジグザグに変化している ことになる。
残差標準偏差は、患者ごとに次の方法で求める[4,5]。まず観察期間を横軸(X軸)に、ヘモグロビン濃度を縦軸(Y軸)にとり、両者の回帰直線を求める。次に、それぞれのヘモグロビン濃度と回帰直線との Y 軸方向の距離をそれぞれ 2 乗し、それぞれの値をすべて加え合わせる。さらに、この合算値をヘモグロビン濃度の個数で割り、最後にこの値の平方根を求める。
残差標準偏差は、その算出法から明らかなように、ヘモグロビン濃度が上昇あるいは低下している場合のヘモグロビン濃度変化の滑らかさの程度を示す指標である。残差標準偏差が小さいほど濃度変化は滑らかであり、残差標準偏差が大きければ濃度はジグザグに変化している ことになる。
d.Fluctuations across thresholds
Fluctuations across thresholds は Ebben らが報告したヘモグロビンサイクルを評価する別の方法[6]であり、多くの研究に利用されている[7-9]。
この方法では、まず調査開始時のヘモグロビン濃度が目標範囲の下限よりも低い群(低値群)、目標範囲内にある群(目標値群)、目標範囲の上限よりも高い群(高値群)の 3 群に分ける。
そして、その後の 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最高値と最低値に基づいてヘモグロビン濃度の変化パターンを決定するものである。この方法では、ヘモグロビン濃度の変化パターンは以下の 6 群(カテゴリー)に分類される。(1) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最高値が目標範囲の下限よりも低い群(持続低値群)、 (2) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最高値も最低値も共に目標範囲内にある群(Target 群)、 (3) 6か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲の上限よりもなお高い群(持続高値群)、(4) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲の下限よりも低く、かつ最高値が目標範囲内にある群(LAL 群)、(5) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲内にあり、かつ最高値が目標範囲の上限よりも高い群(LAH 群)、(6) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲の下限よりも低く、かつ最高値が目標範囲の上限よりも高い、変動が最も大きい群(HA 群)。
Fluctuations across thresholds は Ebben らが報告したヘモグロビンサイクルを評価する別の方法[6]であり、多くの研究に利用されている[7-9]。
この方法では、まず調査開始時のヘモグロビン濃度が目標範囲の下限よりも低い群(低値群)、目標範囲内にある群(目標値群)、目標範囲の上限よりも高い群(高値群)の 3 群に分ける。
そして、その後の 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最高値と最低値に基づいてヘモグロビン濃度の変化パターンを決定するものである。この方法では、ヘモグロビン濃度の変化パターンは以下の 6 群(カテゴリー)に分類される。(1) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最高値が目標範囲の下限よりも低い群(持続低値群)、 (2) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最高値も最低値も共に目標範囲内にある群(Target 群)、 (3) 6か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲の上限よりもなお高い群(持続高値群)、(4) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲の下限よりも低く、かつ最高値が目標範囲内にある群(LAL 群)、(5) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲内にあり、かつ最高値が目標範囲の上限よりも高い群(LAH 群)、(6) 6 か月間に測定されたヘモグロビン濃度の最低値が目標範囲の下限よりも低く、かつ最高値が目標範囲の上限よりも高い、変動が最も大きい群(HA 群)。
e.Time in target
一定期間を設定し、この期間内の患者のヘモグロビン濃度が基準値(原著では 11g/dL)よりも高い期間を time in target とする[10,11]。基準値を目標ヘモグロビン濃度の範囲(例えば 10-11g/dl)としこの範囲内に留まった期間を time in target とする報告もある。
一定期間を設定し、この期間内の患者のヘモグロビン濃度が基準値(原著では 11g/dL)よりも高い期間を time in target とする[10,11]。基準値を目標ヘモグロビン濃度の範囲(例えば 10-11g/dl)としこの範囲内に留まった期間を time in target とする報告もある。
3.ヘモグロビンサイクルに影響を与える可能性がある因子
ヘモグロビン濃度に周期的変化を生じさせる要因には、表に示すように、患者側の要因として直近の入退院、ESAsに対する反応性、透析効率、炎症などがあり、一方、医療側の要因としては ESAs の投与量/投与頻度の変更、鉄剤の投与、透析中の除水量の変更などがある。ただし、Fishbane らは [1]、Kt/Vの大小、透析間の体重増加はヘモグロビン濃度の周期的変化に影響を与えなかったと報告している。
4.ヘモグロビン濃度の周期的変化と死亡のリスク
ヘモグロビン濃度の変動は果たして死亡のリスク要因であるか否か明らかにするため調査研究が行われているが、まだ明らかな結論は出ていない。
Ebben らは、152,846 名の患者のデータを解析し、ヘモグロビン濃度の周期的変化と合併症の有無との間には関係が認められたと報告しており[6]、Yang らは 34,963 名の患者のデータを解析したところ、ヘモグロビン濃度の変動は死亡のリスク要因であったと述べている[4]。
これに対し、Gilbertson らは、エポエチンを投与されている 159,720 名の患者を対象に行った調査に基づき、ヘモグロビン濃度が持続的に低値であることの方がヘモグロビン濃度の変動よりも重要な死亡のリスク要因であると報告し[7]。さらに Brunelli らは 6,644 名の患者のデータを解析したところ、ヘモグロビン濃度の変動と死亡のリスクとの間には有意の関係は存在しなかったと報告している[5]。
文献
1. Fishbane S, Berns JS: Hemoglobin cycling in hemodialysis patients treated with recombinant human erythropoetin. Kidney Int 68: 1337-1343, 2005.
2. Berns JS, et al: Hemoglobin variability in epoetin-treated hemodialysis patients. Kidney Int 64: 1514-1521, 2003.
3. Lacson E, et al: Effect of variability in anemia management on hemoglobin outcomes in ESRD. Am J Kidney Dis 41: 111-124, 2003.
4. Yang W, et al: Hemoglobin variavility and mortality in ESRD. J Am Soc Nephrol 18: 3164-3170, 2007.
5. Brunelli SM, et al: Association of hemoglobin variability and mortality among contemporary incident hemodialysis patients. Clin J Am Soc Nephrol 3: 1733-1740, 2008.
6. Ebben JP, et al: Hemoglobin level variability: associations with comorbidity, intercurrent events, and hospitalizations. Clin J Am Soc Nephrol 2006 1: 1205-1210, 2006.
7. Gilbertson DT, et al: Hemoglobin Level variability: associations with mortality . Clin J Am Soc Nephrol 3: 133-138, 2008.
8. Eckardt KU, et al: Hemoglobin variability dose not predict mortality in European hemodialysis patients. J Am Soc Nephrol 21: 1765-1775, 2010.
9. Kainz A, et al: Association of ESA hypo- responsiveness and hemoglobin variability with mortality in haemodialysis patients. Nephrol Dial Transplant 25: 3701-3706, 2010.
10. De Nicola L, et al: Stability of target hemoglobin levels during the first year of epoetin treatment in patients with chronic kidney disease. Clin J Am Soc Nehrol 2: 938-946, 2007.
11. 岩崎学、秋澤忠男:血液透析患者を対象とした持続型ESA製剤とrHuEPO製剤のhemoglobin variability に与える影響の違いの検討.透析会誌44: 137-144, 2011