2.9 赤血球造血刺激因子製剤(ESA)
骨髄における赤血球の産生は、腎臓で産生されるエリスロポエチン(165個のアミノ酸からなるペプチドホルモン)によって刺激される。すなわち、腎臓で生成され、流血中に出て骨髄に到達したエリスロポエチンは、赤血球前駆細胞上の受容体に結合し、その分化と増殖を促進する。
さて、エリスロポエチンは、このように、主に腎臓で産生されるので、腎臓が荒廃している腎不全患者では、エリスロポエチンが生成されないか、あるいは生成が極めて低下する。そのため、腎不全患者では赤血球の産生が抑制されて高度の貧血が生じる。この機序による貧血が腎性貧血である。
そこで、透析患者など、腎性貧血の患者に対してエリスロポエチンを補充するために、遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤(rHuEPO)が開発された。遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤は、ハムスターの細胞にヒトのエリスロポエチン産生遺伝子を組み込んで大量培養することにより生産される。現在市販されている遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤にはエポエチンαとエポエチンβがある。
その後、遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤にもダルベポエチンアルファなどの第2世代が現れ、これにともなってヒトエリスロポエチン製剤(EPO)という名称に代わって第2世代をも包括する赤血球造血刺激因子製剤(ESA)の名称が用いられるようになった。
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1. エポエチンαとエポエチンβ
エポエチンα とエポエチンβ は、腎性貧血に対し、初期量として週3回、1回 1500 単位を投与する。その後は、ヘモグロビン濃度が10〜11 g/dL(ヘマトクリット値に換算して30〜33%)に維持されるように投与量と投与頻度を調整する。エポエチンα とエポエチンβ は、血液回路から、原則として透析終了時にゆっくりと静注する。
エポエチンα あるいはエポエチンβ の投与量の上限は、通常、週3回、1回3000単位である。
| ■エポエチン アルファ (遺伝子組換え)epoetin alfa
エスポー
■エポエチン ベータ(キリンファーマ) (遺伝子組換え)epoetin beta
エポジン
(中外) | ||||||||||||||||
2.ダルベポエチンα
ダルベポエチンα は、エポエチンα の165個のアミノ酸残基のうちの5ヶ所が別のアミノ酸残基に置き換えられ、さらに2本の糖鎖が付加された遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤である。ダルベポエチンα の半減期は 25.3 時間と、エポエチンα の半減期(8.5時間)の3倍である。したがって、ダルベポエチンα では、エポエチンα やエポエチンβ よりも少ない投与頻度(週1回ないし2週1回)でヘモグロビン濃度を目標域に維持することができる。
ダルベポエチンα は、以前は、すでにエポエチンα あるいはエポエチンβ を使用している患者において、これらの製剤から切り替えて使用することになっていた。しかし、平成22年8月より、腎性貧血に対して、最初からダルベポエチンα を使用してもよいこととなった。
ダルベポエチンα は、週1回、20 μg から開始する。ダルベポエチンα の投与量の上限については、週1回、1回 60 μg とすることが多い。ダルベポエチンα も、透析終了時に血液回路からゆっくりと静注する。
| ■ダルベポエチン アルファ
ネスプ
(キリンファーマ) | ||||||||||||||||
3. エポエチン ベータ ペゴル
エポエチンベータペゴルは、エポエチンβに1分子の直鎖メトキシポリエチレングリコール(PEG)分子を化学的に結合させた遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤である。このような化学的修飾により、エポエチンベータペゴルの半減期は 168〜217 時間と、エポエチンβの半減期である 9.4 時間の約 20倍、ダルベポエチンアルファの半減期である32〜49時間の約4倍となった。したがって、エポエチンベータペゴルは 4 週間に 1 回の投与(初回は2週間に1回)で、ヘモグロビン濃度を至適範囲 内まで上昇させることができる。
a.初期用量
エポエチンベータペゴルは、初期には1回 50 μg を2週に1回静脈内投与する。 これによってはヘモグロビン濃度に適度な上昇がみられなかった場合 、エポエチンベータペゴルの投与量を増やす。エポエチンベータペゴルの造血効果は長時間持続するので、エポエチンベータペゴルの投与開始後はヘモグロビン濃度の推移を十分に観察し、効果が不十分であったり、あるいは効果が予想以上であれば、早めに投与量の増減を検討する。なお、エポエチンベータペゴルの投与量を増やす場合には原則として、表1にしたがって1段階ずつ増量していく。
初期投与期間中、目標とするヘモグロビン濃度が得られ、かつ、濃度が安定したら、エポエチンベータペゴルの投与間隔を延長することができる。その場合には1回の投与量を2倍にし、投与間隔を2週1回から4週1回に変更する。4週に1回の投与間隔ではヘモグロビン濃度を目標範囲に維持できない場合、1回の投与量を半分にし、かつ2週に1回の投与間隔に戻す。
b.エポエチンαやエポエチンβからエポエチンベータペゴルに切替える場合の初回用量
エポエチンαやエポエチンβからからエポエチンベータペゴルに切替える場合には、ヘモグロビン濃度の推移が安定していることを確認したうえで、エポエチンαあるいはエポエチンβの週あたりの投与量が 4500 IU 未満の患者ではエポエチンベータペゴルの100 μg を、4500 IU以上の患者では150 μg を4週に1回、静脈内投与する。なお、ダルベポエチンアルファからエポエチンベータペゴルへ切替える際の初回用量については報告がない。
c.維持用量
目標とするヘモグロビン濃度が得られ、かつ、濃度が安定したら、そのときのエポエチンベータペゴル投与量を維持投与量とする。維持投与量の上限は1回 250μg とする。 |
■エポエチンベータペゴル
ミルセラ
(中外) | ||||||||||||||||
4. 遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤の投与による赤芽球労
遺伝子組換えエリスロポエチン製剤が投与されていた慢性腎不全症例において、イギリスとフランスで 3 年間に 13 症例が赤芽球労(pure red cell aplasia)を発症していたと報告された。そして、これらの症例のすべてにおいて、健常者や赤芽球労発症前には認められなかったrHuEPO免疫複合体が検出された。赤芽球労は赤血球の前駆細胞である赤芽球の産生・成熟が障害される疾患であり、再生不良性貧血の一つと分類されている。
遺伝子組換えエリスロポエチン製剤は 15年前から既に世界で 300万人の患者に投与されている。それにもかかわらず、上記の 3年間に集中して、ヨーロッパでのみ赤芽球労が発生している。この点から、ヨーロッパにおける遺伝子組換えエリスロポエチン製剤の製法変更が赤芽球労の発生に関与しているのではないかとの指摘がなされていた。現在は、抗 rHuEPO抗体の出現には溶液中の溶媒である polysorbate 80あるいは製剤を入れてあるシリンジのゴムのストッパーから溶け出す有機物などが関係しているのではないかと推測されている。なお、日本では 2005年までの間にエポエチンα を使用していた2名の患者に、またエポエチンβ を使用していた1名の患者に抗 rHuEPO抗体を認める赤芽球労が発生している。しかし、2005年以降は赤芽球労の発生は認められていない。
遺伝子組換えエリスロポエチン製剤の投与中に貧血が進行した場合には、赤芽球労の発症を疑ってみる。もし、貧血進行の原因が赤芽球労と診断された場合には直ちに遺伝子組換えエリスロポエチン製剤を中止し、免疫抑制剤を投与する。
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